アマチュアと芸術

街角の3人と犬
 娘が読んだら廻してくれる音楽雑誌『音遊人』に、「アマチュアの芸術漬けの生活」という
面白いエッセイがあった。著者はジャズの好きな某大学の名誉教授で、お仲間と趣味で
ジャズを楽しんでいるK氏。 自らを「ピアニスト」と呼んでほしいらしい。(紹介記事より)
「芸術漬け」といわれるように練習もよくされるようである。かなり高いレベルと見受ける。
「努力家なんですね」と訊かれると、「違います。努力は何より嫌いです。・・・」と答える。
「それだけ努力しているなら上達するでしょうね。」の問いに対しては、「まったく上達しません。
・・・努力でなんとかなるものではないことを痛感させられているんです。・・・」  また、・・・
「そんなに結果がでないのならやめればいいじゃないですか。 教訓から学ばないのか、未練
がましいのか、どっちなんですか?」と、迫られると、「どっちもです。学ばないし、未練がましく
あきらめない。でも、上達しないのに、不思議なことに、休むと下手になるんです。・・・」
 このK氏のおっしゃることがよくわかるような気がする。熱心なアマチュアの気持ちをよく言い
当てていると思う。・・・・・私なんか練習もろくにしないのに、音が悪いと楽器のせいにしたり、
お天気のせいにし、まさに自分の怠惰を棚に上げての責任転嫁をする。・・・ああ、~。
私の仲間は練習熱心な人が多いのに・・・。明日から心を入れ替えて練習するか?(疑問視)
 
         ( 「 仲 間」・・・F4)
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山青く、水清き里へ

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 和歌山の田辺の山を分け入ったところに平瀬という風光明媚な里がある。今は、熊野古道(中辺路)
に続く道路ができ、付近に温泉「乙女の湯」も湧き出している。青少年の野外キャンプ場もあり、大きな
福祉施設も建設され、私の古い友人もご夫婦で施設の運営や地域の中心的な役割を担っている。
私は、今年も「暑くなる前においで」のさそいに、スケッチ道具を抱えて訪れた。今回は「雨男返上」で、
晴れ渡った空にさわやかな風も吹いている。紀伊田辺駅まで車で迎えに来てくれた彼は、「晴れたね~」
とニヤニヤしている。彼の家に着くとすぐに大きなケヤキの木の下でランチをいただき、いつものように
「4食昼寝付き」という贅沢な時間が始まった。今回はもうひとり、彼の知り合いのアメリカの青年が投宿し
ていて、こちらは、けっこう家事や野良仕事などかいがいしく働いていた。「働かざる者は食うべからず」と
いう諺もあるので、私は彼のログハウスの家を一生懸命スケッチして、「せめて宿代に・・・」と奥様にさし
あげた。その絵とは別に、熊野古道に通ずる道から『乙女の寝顔』といわれる山(半作嶺)をいれて平瀬
の郷のスケッチした。この里を見守るように女神が眠りについている。・・・・この山里で若い乙女には会
えなかったが、野生のサルやシカに会え、晩は星空のもと、川辺に飛び交うホタルを見ることができた。

野球を楽しむ

キャッチャー (173x250)
野球ファンである私は、プロ野球ではやはり在阪球団を応援している。 昨日、今日
のパ・リーグの試合はなつかしい昔のユニフォームで試合をしていた。ソフトバンクは
南海ホークス、オリックスは近鉄バファローズの当時のデザインのものだ。今は無く
なった難波球場や藤井寺球場にもよく行った。一番応援していたのは「阪急ブレーブス」、
きっかけは父と知り合いの同球団の選手が小学校1年生の私におみやげに当時としては
高級品の皮のグローブをプレゼントしてくれたからである。だから、西宮球場もよく行った。
・・・私のようなオールドファンしかわからないかもしれないが、灰色の球団といわれていた
時代もあり、上田監督のもとに山田、足立、梶本の投手陣、そして韋駄天の福本、大熊、
加藤、長池・・・と続く個性豊かな選手たちが黄金時代を築いた昔がなつかしい。同時に
相手チームだった南海の右の杉浦、左の林両エースや近鉄の鈴木投手とあのノムさんこと
キャッチャー野村も好きな選手だった。勿論、今の選手たちも応援している。
                          (「キャッチャー」 水彩 F4)

さくらの花散る頃

狭山の春 2 (180x240)
 入学式や入社式などが一通り終わる頃、さくらの花も散り始める。私の毎日の散歩道から
見えるさくらも、今日は花吹雪となって風に舞っている。三津屋川からみる大学の丘のさくらも
まわりの竹林や雑木林とマッチして私の好きな風景だ。川と並行にあまり人の通らないさくら
と緑のトンネルの小道があり、そこにも光が差し込み、きらきらと花びらが舞っている。
 「 さまざまなこと想いだす桜かな 芭蕉 」 の句にあるように、私もいろいろなことを想い出
していた。春は旅立ちの季節ではあるが、送るばかりの今の自分だが、ふと先日卒寿の祝い
のあと亡くなられた恩師のことを想った。先生も桜の花が好きだった。教え子たちの旅立ちを
祝っていた笑顔が思い出される。 さくらの散ったあとには緑の新芽が出てやがて若葉となる。
                             ( 「狭山の春」 水彩 F4 )

「心に残る路辺の風景」水彩画展

りんご3つ
 風もなく暖かい陽射しいっぱいの週末、退院後おとなしくしていたが、今日は大阪の街に
出た。宮山博司水彩作品展をリーガロイヤルギャラリーに観にいった。毎年、画伯はここで
ヨーロッパなど外国の風景と日本の風景を交互に展示される。今回は「心に残る路辺の風景」
というテーマで主に関西の風景を70点ほど出されていた。宮山先生とお会いできて嬉しかった。
(実は私も10数年前「絵の手ほどき」を受けたできの悪い生徒である。)私は関西の風景を
スケッチに出かけるとき、先生の足取りを辿ることが多い。お会いするたびに「描いてますか?」
と尋ねられるが、「はい、ボチボチ・・・」と言葉を濁す。先生はよく私の思いに合わせ、助言して
くださったことを思い出す。例えば、スケッチポイントを探しあぐねていると、「歩き回っていると、
景色のほうから”ここを描いてくれ~”というところがあるよ・」といった具合に・・・。
なにか気持ちが楽になり、自然の風景と溶け合って描きたい気分がもりあがってくるポイントが
見つかることが多い。今回も画伯の絵をみて、何気ない眺めだが何かしら懐かしい・・・、こんな
景色の中でぼんやりしていたい。できれば絵にしてみたい。・・・そんな憧れを持った。
                ( 「3つのリンゴ」筆者の絵 水彩 F6 )