ノーベル文学賞

粘土の人形2体 (316x213) (316x213)
 白内障の手術をして、あらためて作ったメガネは「読書専用」にしていて、本を読む
ことが楽しくなってきた。私は、仕事に役立つ書物とは別に、本屋の立ち読みから
気楽に買って読むが、話題になった作家に自然と興味が向く。
 今回、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の本を早く読みたい。多くの
人が待ち望んでいるかもしれない。まだ、読んでないからなんともいえないが、新聞
の書評などによると、氏の作品の特徴は「・・登場人物が抱える『違和感』『むなしさ』
といった感情を現時点から過去を回想する形で描き出すことが多い。」とされる。
イギリスではベストセラーとして人気があり、数々の賞もうけているようだが、日本人
の私が読むとどうだろう。まず、日本を題材とする作品から読んでみたい。親しみを
感じるのは私が過ごした長崎の出身で、長崎の情景が反映されているらしい。
 うれしいニュースにふれ、風邪で体調が悪かったのが軽くなっていくみたい。
ともかく、早く読んでみたいので、本屋に予約しよう。
                    (水彩 F4 「粘土の人形(作者不詳)」 )
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『♪ 青春の思い出 』

ハーモニーさやま (440x340)
私たちの街には歌や音楽が好きな人たちが多い。隔月の第一日曜日にさやま荘の
大広間で100人あまりの人たちが「♪青春の思い出を歌う会」を催す。おもに昭和
以降のなつかしい歌謡曲を中心に日本の歌や童謡も歌う。(毎回全16曲)
伴奏はわたしどものバンド「ハーモニーさやま」が受け持つ。
ところで、今回(10/1)で43回目を迎えたのだが、かねてから「なにかテーマ曲が
ほしいね。」との声もあり、メンバーの助けと私の友人の作曲家のY氏の指導も受け、
春から温めてきた曲『青春の思い出』を披露することができた。軽快なホームソング調
のものができたのだが、娘に言わせると「なにか昭和歌謡の匂いがするわ~」と批評。
でも、私は昭和歌謡と言ってもらい嬉しかった。皆さんに喜んでもらえるから・・・。
          
              『 青春の思い出 』

青い空 白い雲 ふるさとの山         両手ひろげ 風を受ける 池のほとり

花が咲いて 鳥も歌い はずむ心       風を切って 若者が行く さくら並木

遠く過ぎた  青春の日々            駆けてゆく 君の姿をさがしている

みんなが集い 楽しく歌う想いでの歌     声を合わせて 歌いましょう

奈良に出かける

P1060991 (440x314)
 義姉の葬儀から2週間が経ち、喪主としての私の妻は、悲しみに暮れる間もなく、
その後の手続きや届け出などが集中し、私と次女の助けを借りながらなんとか処理
してきたが、ここにきて精神的な疲労と、たった一人の姉を失った悲しみが押し寄せて
きたようだ。無理もない、長い期間の看護も体に少なからぬダメージを与えている。
 こんな時には、気分転換を図ることも必要だ。たまたま、私の先輩のFさんご夫妻から
「奈良で展覧会に出品するから・・・」との案内を受けていたので、思い切って出かけた。
 早く着いて、奈良公園のシカと遊び、私もシカをスケッチしたが、妻はそれを見て「この
シカどう見てもイノシシみたい。・・」とか言って笑った。
 奈良県文化会館では、Fさん夫妻に会えて、喜んでくれた。 絵の素晴らしさとともに、
お二人で毎日1時間くらい制作に集中される話を聴き、感動を覚えた。あらためてじっくり
鑑賞させていただき、濁りのない色や、モチーフのバランスや光と影がうまく表現されてい
て、勉強になった。私も妻もなにか心が豊かになってきたような気持ちになって、帰りに
秋篠寺に寄り、美しいふくよかな姿をした「伎芸天」を拝んで帰ってきた。
(左・・・F氏夫人の作『あじさい』 水彩 小全紙。 右・・・F氏の作『廃校舎』 油彩 P10)

お別れ

P1060989 (340x248)
 癌という病魔と闘い、先月末義姉は息をひきとった。最後の一か月は、二人姉妹の
妹である私の妻が病院に通い詰めで、付き添った。病状が進むにつれて患部から
全身に痛みが広がり、その度合が増していったようだ。電話での報告を聴くにつれ
痛みは尋常でないことが解る。「痛いよ~」「助けて」「家に帰りたい」とあの気丈で
あった義姉が、(妹である)妻の手を強く握りしめ、訴えたようだ。私が駆け付けた時は、
これ以上ないという強い痛みどめの薬が注射され、引き換えに会話ができなくなっていた。
 それから三日後に妹に看取られ、亡くなった。人生の最後でこんな痛いめに会うとは・・。
 通夜、お葬式は義姉の同級生を中心に昔の職場の仲間、趣味の書道や折り紙の会や
ハングル講座の仲間、近所の方たちなどたくさん集まってくれた。医療技師として40年間
勤めあげ、周りから信頼され、健康コンサルタントの役も担っていたようだ。私の4人の孫も
見舞いに続き(悲しいお別れになってしまったが、)遠く大阪から佐世保の地に駆けつけた。
 仕事柄、研究熱心なひとで、部屋の整理をしていてその本やノートの膨大さでそれが解った。
 ひとのため、それも病気や障害のある人たちのため尽くした義姉はずっと独身でがんばって
いた。私たちはその遺志をすこしでも受け継いでいくことが義姉への供養となるのではと思う。
                         ( 折り紙や手芸の好きだった義姉の作品)

Tクンからのメール

野菜炒め (340x255)

このところ、自炊生活にマンネリ化がきて、野菜炒めか野菜煮込みのどちらか
が続き、レシピ集の本も見なくなって、なんとなく「しんどいな~」と思うように
なってきた。晩、お茶碗を洗って、乾燥機にいれるのだけはなんとかがんばって
やっている。  そんな折、孫のTくんから写真とメールが届いた。彼は、週の
半分は、自炊でがんばっている。「じっちゃんが作って送ってくれたジャガイモと
玉葱を今日使い切ったよ。おいしかった~、ありがとう。」・・・と。
レシピ交換の写真は、彼の方がちゃんと生活していることをよく表している。
 ところで、義姉の病状は食べ物が入りにくくなり、痛みが増してきているとのこと。
緩和ケアが施されているが、姉のがんとの闘病は付添いの妻にとっても闘いで
あるようだ。私も親友といえる友人二人を癌で亡くしているので、本人の苦しみと
その家族のつらさや苦労がわかる。週末は長崎の義姉を見舞う予定にしている。
・・・孫に励まされて、まずは自分の生活の自立をしっかりせねば・・・。Tクンの
「野菜炒め」、私より上手だな!?