鳥にやられました。

鳥にやられました。
 雪のちらつく午後、畑に収穫に向かった。今日は大阪から孫のMちゃんもくる。
日曜なのでパパ、ママもいっしょに車で来るはずだ。そんな時は、おみやげに私
の作った野菜をもたせることにしている。
 畑に着いてショックを受けた。・・・キャベツが5株全部食い荒らされていたのだ。
きれいに結球して、虫もつかず獲れ頃だったのに・・・。幸い白菜は頭部をしっかり
紐で巻いていたので、ほとんど大丈夫だった。ほか、ブロッコリーは人間の食べる
蕾の部分を残して葉っぱを食い荒らしていた。犯人は、ヒヨドリか、ムクドリらしい。
そういえば、4年前もやられた経験があり、防御の対策をしていなかった。
 はじめ、赤鬼のように怒り、やがて情けなくなり、あとかたづけをして「泣いた赤鬼」
になってしまった。「じっちゃん、畑で泣いていたんと違う?」と孫たちは同情してくれた。
                       ( 孫の描いた「赤鬼」 F4大)
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リコーダー

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 今日はひさしぶりに、家事からも解放され、のんびりと古いLPレコードを聴いた。
独りコーヒーをいれゆっくりとレコード盤に針を落とす。今日のレコードはフランツ・
ブリュッヘンというリコーダー奏者の演奏だが、私の学生時代からの友人がスイス
留学からのおみやげの2本のリコーダー(スケッチ画)とともに贈ってくれたものだ。
 彼は、学生オケ時代 私の斜め前でオーボエを吹いていたが、留学途中にリコー
ダーに転向して、コンクールでも優勝もし、その後♪東京リコーダーカルテットを結成
し、プロの演奏家の道を歩んだ。大阪公演の時はかならず我が家に泊まり、一緒に
リコーダーを吹いて過ごした。その彼も50歳の若さで癌で亡くなった。・・・娘さんは、
やはり音楽家になり、オランダの合奏団でチェンバロ奏者になっている。
 私がときどき吹く2本のリコーダーは彼の形見となってしまった。
                              (リコーダー 水彩 F4)

自炊生活

野菜の収穫
今日は、風もなくひさしぶりの日差しのやわらかな日である。足のけがもあり、畑に行かない日
がつづいたが、今日は行って白菜などの収穫をした。他に大根(’白・赤2種類)やブロッコリー
やカブなども元気である。エンドウも玉ねぎもイチゴも寒さにじっと耐え、育っている。
さて、妻が義姉の看病に九州に帰ってからかれこれ一か月経つが、私の料理もレパートリーが
増え、菜園の安全野菜をたっぷり使い、炊事も慣れてきた。自分で作った野菜たちを使う料理は
実においしい。ただ、一人分をつくるのは意外とむずかしい。だから、二日続きのおかずを作るの
が便利だ。本屋で「作りおきおかず」という雑誌を買って参考にしている。キュウリやニンジンを
ヌカ漬けにして、ときどき、入れ替えてかきまわす。これもはじめ慣れなかったがけっこう楽しい。
だんだんヌカみそ臭くなってきた「主夫」をしている。義姉の病気が良くなりますように・・・。
                             (我が家の野菜たち  水彩 6号)

New Year Concert

New Year Concert
♪トリッチ・トラッチ・ポルカ♪の軽快な音楽で始まった今年のニュー・イヤー・コンサート。
今年で8回目を迎える。演奏は関西の若手の演奏家4人で、フルートのYさんをリーダーに
今年もS市の総合医療センターのホールで開催された。音響担当のMさんと私は3時間前
から設営をして、リハーサルで彼女たちの演奏をサポートした。
後半のプログラムは日本の歌やドラマの主題歌など皆さんで楽しく歌った。最後はウィーン
フィルでおなじみの「♪ラデッキー行進曲」、期せずして手拍子がわきおこり、アンコールは
ベートーヴェンの「♪喜びの歌」で盛り上がった。
長い闘病生活でコンサート会場に行けない患者さんたちにとっての病院への訪問演奏に、
「感動したわ!」とか、「今日は病気のことも忘れ、楽しい時を過ごせた」など、感想を寄せ
られた。私たちも、皆さんに音楽を通して元気を贈ることができたことが嬉しかった。
                      (ポスター「森の音楽会」 水彩 F6)

告別、そして感謝

マーガレット
 この寒さはいつまで続くのだろう。 私の敬愛する恩師といえるT先生の突然の訃報がはいり、
今日は告別式に参列した。90歳の卒寿を迎えられて、最後まで多くの人たちから慕われた先輩で
私とは一回り以上歳が違う。T先生は、障害のある子どもたち、そして青年の教育や福祉事業に
尽くされた。大阪における知的障害のある子の教育の草分け的存在であることは良く知られてい
ることである。私は直接の指導をうける立場にはなかったが、先生の子どもに対する愛情のこもった
指導と親への支援を見るにつけ、心を揺さぶられる思いがし、理論も実践も「根っこ」にある大事な
ものを学ばせてもらった。
 私が研究所にいたとき、現職を退かれ嘱託として着任されたころから親しくさせてもらい、私は先生
を先輩というより父親のように感じて、プライベートでもいろいろ教えていただいた。私の現職時代で
一番苦しかった時期に、たびたび先生宅を訪れた。先生は落ち込んだ私に「あんたは、アホやな~」、
とか「まあ、お茶でも飲んでゆっくり休んでいき~」と云われ、休日など、こたつに足をつっこんで昼寝
までさせてもらっていた。こうして心を癒され、さりげなく背中を押してくれたことが、私に元気と力を与
えてくれた。今、私があるのは、この先生の存在によるところが大きい。
・・・亡くなられた今、感謝の念とともに、私の心の穴を埋められない。
 ありがとうございました。・・・先生、どうか 安らかに眠ってください。  
                                         2017年 1月16日
                                     (水彩 6号)