はじめての作詞・作曲

端杭岩
 今日で、私、満74歳の誕生日を迎えた。人生、山あり、谷ありで回り道もしてきたが、
「素晴らしきかな、この人生・・・」ともいえるのではないか?!このブログ日記にも書い
ているが、70歳を過ぎてからは自分の好きなことを(後回しにせず)やってきたつもり
ある。趣味の音楽、水彩画、そして野菜作りを中心に楽しんでいる。それと、小学生の登
校の「見守り」も端っこでやっている。また、心身に障害のある子の相談とサポートも微力
ながら長年やらせてもらっている。・・・喜怒哀楽を共にできるこの”日常”が大事だ。
 それと、誕生日を記念してはじめてのマイソング(作詞・作曲)が今日完成し、誕生祝に
来た娘や孫たちに披露できた。 作曲講座にも通い、音楽仲間の力強いサポートもあり、
なんとかできた。コード進行など道筋をつけてくれたギター奏者のKさんの伴奏もあり、歌
がリズミカルに仕上がった。作曲の先生には「死ぬまでに1曲、自作の歌をつくってみたい。」
と希望票に書いた。・・その歌の題は『私の狭山池』♪・・・それは聴いてのお楽しみ!
                        (『橋杭岩』  水彩 変形8号)
 
 
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アマチュアと芸術

街角の3人と犬
 娘が読んだら廻してくれる音楽雑誌『音遊人』に、「アマチュアの芸術漬けの生活」という
面白いエッセイがあった。著者はジャズの好きな某大学の名誉教授で、お仲間と趣味で
ジャズを楽しんでいるK氏。 自らを「ピアニスト」と呼んでほしいらしい。(紹介記事より)
「芸術漬け」といわれるように練習もよくされるようである。かなり高いレベルと見受ける。
「努力家なんですね」と訊かれると、「違います。努力は何より嫌いです。・・・」と答える。
「それだけ努力しているなら上達するでしょうね。」の問いに対しては、「まったく上達しません。
・・・努力でなんとかなるものではないことを痛感させられているんです。・・・」  また、・・・
「そんなに結果がでないのならやめればいいじゃないですか。 教訓から学ばないのか、未練
がましいのか、どっちなんですか?」と、迫られると、「どっちもです。学ばないし、未練がましく
あきらめない。でも、上達しないのに、不思議なことに、休むと下手になるんです。・・・」
 このK氏のおっしゃることがよくわかるような気がする。熱心なアマチュアの気持ちをよく言い
当てていると思う。・・・・・私なんか練習もろくにしないのに、音が悪いと楽器のせいにしたり、
お天気のせいにし、まさに自分の怠惰を棚に上げての責任転嫁をする。・・・ああ、~。
私の仲間は練習熱心な人が多いのに・・・。明日から心を入れ替えて練習するか?(疑問視)
 
         ( 「 仲 間」・・・F4)

日曜の夜の楽しみ

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 日曜日の夜8時から、Eテレで「日曜美術館」と「クラシック音楽館」が続いてあった。今回はまず
『広重が描く日本の絶景』というテーマで昔から日本でも有名な風光明媚な場所を訪ね、水彩画家
としての原点ともいえる歌川広重の原画と、実際の風景と比べてみる興味深い番組であった。
画家広重の絵はヨーロッパの後期印象派の画家たちに多くの影響を与えたことでも知られる。ことに
あのゴッホは、広重の絵を模写して画風を学んだとされる。・・・たまたま、先日、[中山道・広重美術館]
に行かれ、鑑賞されてきたKさんが、おみやげに広重の『絵葉書』を届けてくださった。風景画の好きな
私にとって『阿波 鳴門の風波』と『隅田川 水神の森真崎』はうれしい2枚の絵であった。(上の写真)
 続いて「クラシック音楽館」では、ブラームスの交響曲第4番が、NHK交響楽団の演奏であった。
モーツァルトやベートーベンは学生時代によく聴いていたが、ブラームスは30代にはいってから好きに
なり、特に円熟期の集大成ともいえるこのシンフォニーは、クラリネット五重奏曲とともに大好きな曲で
ある。今夜は広重の名画を鑑賞し、ブラームスのシンフォニーをじっくり聴いて至福の時を過ごした。

ササユリを見つけました。

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 この頃、朝の散歩も腰痛が長引いたため、家の近くの公園を周るくらいだった。今日は少し
軽くなったので2本杖(ノルディック・ストック?)をついて、近くの陶器山ハイキングコースへの
坂道をゆっくり登った。ふと、足をとめて一息ついていたら、左のササヤブになにか白い花が・・。
白いユリの花が咲いているではないか。葉っぱをみたら、周りのササヤブの葉にそっくりである。
もしかしたら、これがあの清廉な花「ササユリ」ではと、見入っていたら、通りかかった年配のご婦人
が「・・・きれいですね。このササユリは昔はもっと多く咲いていたのですよ」と話してくれた。
やはりササユリだった。朝の木漏れ日の中で咲く花は「清純」そのもので、数が少なくなってきている
ことを聴き、よけい愛おしさを感じた。離れたところにも、少し紅色かかったササユリもあった。
この花を持ち去る心なき人もいるらしく、保護を訴える小さな看板もあった。(写真は、あとでカメラを
とりに帰って写真におさめたもの) 散歩する人は、立ち寄ってササユリの姿を楽しんでいるようだ。

じゃがいもの収穫

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今年も農園の好意で、田圃の田植えが始まる前までにイモを掘り上げるという条件で、
畝をジャガイモ栽培に貸してくれた。50株ほどだが、けっこうな量のジャガイモができる。
収穫時になって私は持病の腰痛が出ていたので、娘と孫とその友達3人に応援を頼んだ。
小学校5年生が4人、手袋をはめて喜んでやってくれた。堀残しのイモを私と娘でスコップ
でおこして、大・中・小バケツ5杯は獲れただろう。小学生にわかるように、(イモのでき方を)
「じゃがいもの兄弟」がお互い養分を分け合って育っていくんだよ、と話してあげた。
子どもたちは、自分たちが掘ったジャガイモを嬉しそうにかかえて帰った。